M2 の荻野です。今回は、人間が集団になったときにあらわれる同期現象について紹介します。
同期現象はいい面もあれば、悪い面もあります。研究の結果も交えながらその具体例を紹介します。
皆さんは同期現象という言葉は聞いたことがあるでしょうか。一番わかりやすい例は、この動画をご覧ください。
最初はバラバラに動いていたメトロノームが、時間を追うごとにどんどんと動きを合わせるようになり、2 分 30 秒ほどでほとんどすべてのメトロノームの動きが一致するようになります。
こういった、周りのものの影響を受けて段々と足並みを揃えるようになる現象のことを同期現象と言います。
私は前回の記事などにもあるようにより人に運動をしてもらえるようなシステムの作成を目指し研究をしていますが、今回修士論文にむけてこの同期運動を組み合わせてみようと思い立ちました。
では、人間の体を同期させることでどのような効果があるのでしょうか?
その前に、同期現象に似た効果をご紹介します。
「カメレオン効果」という言葉を聞いている人は少ないかもしれませんが、「ミラーリング」という言葉は比較的聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。
カメレオン効果とは、
相手のしぐさ・くせ・表情などをまねることで、相手が良い印象を持つこと。
必ずしも意図的にまねをするのではなく、無意識的・反射的に相手のまねをしてしまうことで、円滑な人間関係が保たれると考えられている。
コトバンク 「カメレオン効果」より
よく恋愛講座などで言われる、「好きな相手に好感を持ってもらうには相手の仕草を真似するとよい」みたいなやつですね。
この効果が論文として発表されたのは 1999 年のことで、その論文[1]では 3 つの実験を行いました。
1 つ目の実験では、被験者の運動行動が、一緒に作業をした初対面の人の行動と意図せずに一致することが示されています。
2 つ目の実験では、何も指示しなかった被験者よりも、相手の動きを真似するように指示した被験者の方が相手に対する好感度が高くなることを示しました。
3 つ目の実験では、考え方が似ているひと同士ほどカメレオン効果が大きいことが示されています。
相手と同じ行動をとる、という面で考えると、バンドワゴン効果というものもあります。
バンドワゴン効果とは、ある選択肢を多数が選択している現象が、その選択肢を選択する者を更に増大させる効果。
Wikipedia "バンドワゴン効果" より
たとえば、あなたがご飯を食べに行こうと思ってお店を探している時、行列ができているお店と一人も並んでいないお店だったらどちらの方が行ってみたいと思いますか?
他にも、「みんな iPhone を持っているから、自分も iPhone を持ちたい」というような気持ちもこのバンドワゴン効果と言えるでしょう。
このように、日常にも多く他人に意図せず影響を受けながら行動している例が隠れています。
では、話を戻して運動の同期現象について研究例を紹介します。
私は現在電通大陸上競技部に所属していますが、部活で練習することの一番の意義は「後輩や友達と一緒に走ることができる」ことだと思っています。
皆さんが実感できるかはわかりませんが、自分は一人で練習するときよりも他の人と一緒に練習した時の方が同じタイムで走っても走った後の疲労度がまるで違う(他の人と一緒に練習した方が疲れない)ことがよくあります。
体感ではなく、本当にそういった現象が起きているのかを確かめた論文があります。[2]
この論文では、同一の運動強度でのランニング中に、リズムを強調した楽曲を使い呼吸・運動リズムを合わせる条件と、そうでない条件とで酸素摂取量を比較しました。
その結果、心拍・呼吸・運動リズムを合わせた場合の方が酸素摂取量の提言効果があることが示唆され、リラックスした状態で同期が生じることにより運動経済性が向上すると考えられることがわかりました。
こうした有酸素運動における運動の同期の論文は少ないですが、単純な腕の動きや着席・起立などの動きを使った研究は比較的多くされています。
例えば、他者との身体的な同期運動が無意識的な態度に与える影響を調査した論文[3]では、実験者と被験者に 2 分間腕の動きを同期させる運動を行った後、被験者の実験者に対する類似感や相手に対する好感度が高くなることがわかりました。
また、その実験後に机の前に移動し、被験者に対し実験者のために椅子を持ってきて並べるように指示し、被験者が並べた実験者用・被験者用の椅子の間隔を調べたところ、同期運動を行った条件の被験者の方が椅子の距離が短くなることがわかりました。
椅子の距離が短いということは相手に対する無意識的な好感度と捉えることができ、同期運動は意識・無意識どちらにも影響を与えることが示唆されました。
こういった研究は、人同士だけでなく人と人でないものにも発展させられています。
仮想エージェントとの同期運動が印象評価に与える影響を調査した論文[4]では、スクリーン上に表示される擬人化エージェントを実装し、人と共に運動する環境を構築して検証を行いました。
椅子の着席・起立運動を繰り返す課題を、仮想エージェントと同期する条件・同期しない条件で比較した結果、好感・信頼感・類似感・身体所有感・運動主体間・一体感で有意な差が見られ、同期条件の方が非同期条件に比べて仮想エージェントに対する印象評価が高いことが示されました。
上記のような研究では同期が親近感や一体感などを高めるという良い面を紹介しましたが、この同期が集団になると悪い面も見えてきます。
先ほどの「バンドワゴン効果」で例に挙げた行列ができているお店の方がより行列ができやすいという話では、行列ができている=「美味しいに違いない」という気持ちからより並びたくなる気持ちが強くなる、という仕組みがあります。
しかし、行列ができているからといって本当にそのお店のご飯が美味しいとは限りません。
「他の人と同じ行動をとっていれば安心する」という心理は時には間違った行動を起こす原因にもなります。
有名な例では、いじめが集団同期現象の悪い例と言えるでしょう。
別にいじめられる子に不快な感情を持っていなくても、みんながやっているからやってしまう。
投資などで「買わないと後悔するかもしれない」とどんどんと新しい銘柄を購入し、結局必要ないものがほとんどで失敗してしまうなどもそれに当たり、バブル経済もこの集団同期現象が原因の一つであると言われています。
今回は、同期現象が私たちの生活にどう影響しているのかやその研究例、そしてそれが集団になったときの悪影響を紹介しました。
知らずに受けている効果とはいえ、「今自分は集団の意見に流されようとしているな」という気づきさえできれば、集団同期の悪影響は未然に防ぐことができます。
私はこれを利用した運動促進のシステムを作成しています。
この研究がより運動を世界に広めるものの一つになれば嬉しいなと思います。
1. The chameleon effect: The perception–behavior link and social interaction.
2.ランニング動作中の心拍・呼吸・運動リズム間での同期現象誘発と酸素摂取量