マスクが隠した私たちのコミュニケーション

column M1 21笹川

こんにちは、M1の笹川です。

今ではすっかりマスク文化が定着し、私たちは日常的に顔を隠すようになりましたね。

今回は、そんなマスクに隠された顔にまつわる研究についてお話ししようと思います。

ノンバーバルコミュニケーション


ZoomやMicrosoftTeamsを使った遠隔会議では、表情や身振りなどの言語を介さないノンバーバル(非言語)コミュニケーションの欠如が度々問題視されています。

人の間で伝達されるメッセージの大部分はノンバーバルなものであると考えられている一方で、Webカメラに映るのは顔や上半身のみであったり、身体の細かい動きまで伝達することが難しいからです。

ちなみに、どの程度の割合がノンバーバルであるかと言いますと、Mehrabian(1968)によると93%、Birdwhistell(1970)によると65〜70%、Katz and Katz(1983)によると65〜90%と言われています(参考1,2)。

ノンバーバルコミュニケーションの重要性が伺えますね。

さらに、Mehrabian(1968)によるメラビアンの法則では、とくに視覚情報が重要であると示唆されています(図1)。

メラビアンの法則の図

図1. メラビアンの法則

数ヶ月前、私がアルバイトをしているカフェで覆面調査が行われました。

興味本位でフィードバックを見てみたところ、「マスクで表情の変化が見えづらい」「マスクをしていてもわかる笑顔が嬉しい」などの、表情に関する内容が散見されました。

リモートだけでなく対面時にもマスクによってノンバーバルコミュニケーションが隠されているのだなと実感しました。

そこで今回は、顔に関する科学的な研究をいくつか紹介しようと思います。

研究紹介


マスク美人

コロナウイルスの蔓延から早3年、マスクを付ける文化も見慣れたものになりました。

そんな状況下で、「マスク美人」という言葉をよく耳にします。

目元や眉、髪型でしか顔が判断できないにもかかわらず、なぜ美人に見えるのでしょう?

私、気になります!

この疑問に答えてくれたのは、2020年1月に英科学誌「Scientific Reports」にて掲載されたDiana & Césarの論文(参考3)でした。

結論から述べますと、私たちは他人の顔の見えない情報を補うとき、良い方向で妄想を働かせる傾向があるようです。

Dianaらは、(図2)に示したような画像を使用して、完全な写真と不完全な写真に写った人間の顔の魅力を判断する実験を行いました。

その結果、参加者は完全な写真と比較して不完全な写真の顔をより魅力的であると判断することが示されました。

さらに、このポジティブバイアスは、異なるタイプの不完全性でも再現されること、男性参加者に強く見られること、ペット・花・風景と比較して人間の顔に特有であることなどが明らかになりました。

完全な顔の画像と不完全な顔の画像の比較画像例

図2. 完全な顔の画像と不完全な顔の画像の比較画像例 [参考3]

この論文では女性の顔のみを対象としていましたが、男性にも同じことが言えるように思います。

暑い季節にマスクは苦しいですが、それに負けないメリットもあるかもしれません。


怒った顔みっけ!

感情として喜怒哀楽があるように人にはさまざまな表情があります。

そんな数ある表情の中でも怒った顔に対する知覚精度が高いという研究(参考4)があります。

実験では、「中性の顔」・「喜びの顔」・「怒った顔」の写真を0.1秒見せた後に、パネルにある顔写真から一致するものを選ばせるというものでした。

写真はそれぞれの顔で角度を変えたものが4種類あり、計12種類を対象としました。

結果として、自分に向けられた怒った顔に対する知覚がもっとも高精度でした(図3)。

顔知覚の実験結果

図3. 顔知覚の実験結果 [参考4]

ちなみに、喜びの表情は記憶に残りやすい(参考5)ようです。

つまり、見つけて欲しい時は怒った顔を向ける、覚えて欲しい時は喜びの顔を向ければ良いということですね()。

どうでも良いですが、ウォーリーが怒った表情をしていれば見つけやすいのでしょうか。


顔は心を映す鏡?

突然ですが、皆さんは人の外見と内面のどちらを重視しますか?

恋愛談義で時折耳にするフレーズですが、「重視するのは顔!」などとは言えない空気感がありますよね。

しかし、顔と心に相関があった場合どうでしょう。

フランス発祥の学問に「相貌心理学」という分野があります。

字から想像できるように、「顔によって人間性、性格、パーソナリティーなどを分析する」と主張する疑似科学です。

実際、これまでにも顔特徴と性格の関連性はいくつも報告・考察されています。

たとえば、アメリカの心理学者は、327人の顔から14種のパラメーターを測定・解析することで、親和的か権力的かの2つの基準から顔を判定できることを証明しました(参考6)。

このデータから、コンピューターに顔写真から性格を判断させる人工知能の開発にも成功しています。

また、選挙に出馬した2人の写真だけを見せ、「どちらが当選するか」を問うと、70%近い確率で当選者が当てられるというデータがあります(参考7)。

他にも、小学生に候補者の写真を見せ、「どちらの人に船長をお願いしたいか」を尋ねた場合にも、やはり当選する方が正しく選定されました(参考8図4))。

「どちらの人に船長をお願いしたいか」で提示した写真

図4. 「どちらの人に船長をお願いしたいか」で提示した写真 [参考8]

もし、心が顔に表れるのであれば、重視すべきは外見なのかもしれません。

もう一度お聞きします。

皆さんは人の外見と内面のどちらを重視しますか?

おわりに


いかがだったでしょうか。

おもしろいと思える研究はありましたか?

今回は昨今のマスク文化から着想を得て、顔にまつわる研究を3種類紹介しました。

普段マスクは医療的な観点で論じられることが多いですが、今回のようにコミュニケーションに始まる文化的な観点から考えてみると意外な発見があるかも知れません。

参考

  1. 小野眞,黒川隆夫,構動素による身振りの記述方とこれを用いた動画像の身体動作の解析,情報処理学会,コンピュータビジョン研究会35-2,1985.
  2. 黒川隆夫,ヒューマン・インターフェイスとしての動作言語,計測と制御,Vol.27,No.1,pp.49-55,1988.
  3. Diana Orghian & CésarA. Hidalgo,Humans judge faces in incomplete photographs as physically more attractive,Scientific Reports volume 10,Article number: 110,2020
  4. 吉川左紀子,社会的注意と感情の認知:視線・表情の相互作用,失語症研究第21巻,第2号,2001.
  5. 中嶋智史,森本裕子,顔記憶に及ぼす社会的・情動的要因の影響,Japanese Psychological Review,Vol.54,No.4,pp.436-455,2011.
  6. Nikolaas N. Oosterhof, Alexander Todorov, The functional basis of face evaluation, Proc NAtl Acad Sci USA, 105:11087-11092, 2008.
  7. Todorov,A,Mandisodza,AN,Goren,A,Hall,CC,Inferences of competence from faces predict election outcomes,Science,Vol.308,Issue.5728,pp.1623-1626,2005.
  8. Antonakis,J,Dalgas,O,Predicting elections: child's play!,Science,Vlo.323,Issue.5918,pp.1183,2009.


文責:笹川

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